他人のせいにし続けた40代の私が、「責任自分論」で人生を取り戻すまで

40代男性が暗い書斎から朝陽の差し込む窓辺へ向かう後ろ姿

40代のある時期まで、私の口ぐせはこんな感じでした。

  • 仕事がうまくいかないのは、〇〇のせいだ
  • 自分がイライラしているのは、△△のせいだ
  • 妻はこれだから、世間が狭くて困る
  • 給料が安いのは、経営者が無能だからだ

朝から晩まで、誰かを心の中で責めていました。
責めながら、ストレスだけが体に溜まっていく。

今になって思えば、これは典型的な「責任他人論」です。自分の不調・不満・不幸の原因を、全部「自分の影響範囲の外」に置いていた状態。つまり、自分で決めて自分で動くことを、完全に放棄していたわけです。

放棄していた人間が手にしていたのは、何ひとつ動かない毎日と、増え続けるストレスだけでした。

目次

「責任自分論」とは何か――他責との決定的な違い

「責任自分論」とは、起きている出来事の責任を、他人ではなく「自分の決定」に引き戻す考え方です。

「この状況を生み出した決定は、過去のどこかで自分が下している。だから、今からの決定で、自分は状況を変えられる」

これだけです。地味ですが、ここを切り替えると、明日からの動き方がはっきり変わります。

責任他人論から抜け出した、私の4つの転換

過去の私が他人のせいにしていた4つの領域を、ここから順番に振り返ります。

1. 仕事「相手をコントロールすることをやめた」

以前の私は、うまくいかない仕事のたびに「あいつが動かないからだ」「上司がわかっていないからだ」と心の中で吐き捨てていました。

ここから動けたきっかけは、ふたつの気づきです。

ひとつ目は、そもそも組む相手を間違えていたこと。これは相手の問題ではなく、相手を見る目を持たずに組んだ自分の問題です。

ふたつ目は、相手をコントロールしようとしていたこと。他人は変わりません。変わらないものに毎日エネルギーを注げば、減るのはこちらのHPだけです。

そこから私は、力の使いどころを変えました。相手を変えようとせず、自分の考え方・段取り・伝え方を変える。これだけで、仕事の通り方が驚くほど変わりました。

2. イライラ「そういう人に、もう近づかない」

私は長らく、「あの人がいるとイライラする」と感じていました。そして、「あの人が悪い」で話を終わらせていました。

しかし、よく見ると論点はこうです。

イライラさせる人がいるのではなく、自分が勝手にイライラしている。しかも、近づくかどうかを決めていたのは、自分。

身も蓋もない話ですが、これに気づいてから話は早かった。「そういう人には近づかない」を行動原則にしただけで、私の生活から、相当量のストレス源が静かに消えていきました。

「逃げ」ではありません。これは選択です。誰と時間を過ごすかは、40代になったら自分で決めていい。

3. 夫婦関係「合わない相手と、居続けた自分を見る」

これは一番痛い領域でしたが、避けて通れない話です。

長らく、私は妻に対して「これだから世間が狭い」「これだから話が通じない」と、胸の中で文句を言っていました。

ところが、論点は妻ではありませんでした。
合わないとわかっていた相手と、何年も居続ける決定をしていたのは、自分。

私は心理学やパーソナリティの違いを勉強し直しました。学んでわかったのは、妻と私は性質として決定的に合わないということ。それは、どちらが悪いという話ではない。

そのうえで私は、お互いに負担が重くなりすぎないうちに、そして子供への影響を極力小さくする形で、夫婦関係を一度ゼロから組み直す決定をしました。

この決定は今でも、誰かに薦めるものではありません。ただ、「合わない相手を選び続けたのも自分」と引き受けたあの瞬間に、私の人生はようやく自分の手に戻ってきた感覚があります。

4. 給料・キャリア「無能な経営者の下を選び続けたのも、自分」

「うちの会社は給料が安い」「経営者が無能で先が見えない」40代の飲み会では、こういう話が定番です。

私もずっと、その輪の中にいました。ただ、ある日、痛い問いがやってきます。

その経営者の下で働き続ける決定を、誰がしているのか?
答え:自分。

私は転職を模索し始めました。すぐに辞めるという意味ではありません。
「ここに留まる/別の場所に動く」という選択肢を、自分の手元に取り戻した。それだけで、月曜の朝の気分がまったく違うものになりました。

選択肢を持っている人と、持っていない人では、同じ職場にいても、目つきが変わります。

「責任自分論」で陥りやすい、3つの落とし穴

ここまで読んで、「よし、全部自分のせいだと思おう」と気合いを入れた人がいたら、いったん止まってください。

それは責任自分論ではなく、自罰モードです。やればやるほど消耗します。

落とし穴1:自責は、自罰ではない

責任自分論は「自分を責めるためのもの」ではなく、「自分の決定力を取り戻すためのもの」です。

判定基準はシンプルで、
胸が苦しくなる方向に進んでいたら、もう自罰に転んでいます。
「次にどう決めるか?」に意識が戻ったら、責任自分論に戻れています。

落とし穴2:「全部自分のせい」の極端化

子供の頃の家庭環境、生まれ持った気質、社会構造――これらは、自分の決定では動かせない領域です。

責任自分論が引き受けるのは、「今日からの決定」だけでいい。過去や運命まで全部背負おうとすると、確実に潰れます。

落とし穴3:影響範囲の見極めを誤る

「相手を変える」は影響範囲の外。
「自分が誰と組むか・誰と距離を取るか」は影響範囲の内。

このラインを引き間違えると、責任自分論を掲げながら、結局また他人を変えようとして消耗します。
「自分が動かせるもの」だけに、力を集中させる。

今日から始める、「責任自分論」3つの問い

最後に、今日から使える3つの問いを置いておきます。紙とペン、もしくはスマホのメモアプリで構いません。深く考えず、思い浮かんだ言葉をそのまま書き出してみてください。

  1. 最近一番イライラした出来事を一つ思い出す。その状況に「自分が下した決定」は、どこにあったか?
  2. 「〇〇のせいだ」と心の中で言っている相手を、3人挙げる。その3人と、自分は今後どう関わるかを自分で決めるなら、どう決めるか?
  3. 5年後、今と同じ会社・同じ家・同じ人間関係にいる自分を想像する。それは自分が望んだ未来か? もし違うなら、いつ、何を変える決定をするか?

答えにくい問いだと思います。私もそうでした。
ただ、この問いから逃げずに紙に書いた日のことは、今でもはっきり覚えています。

まとめ――「決める権利を、自分に取り戻す」

責任自分論は、ポジティブシンキングではありません。気合いの話でも、根性の話でもありません。
「決める権利を、他人ではなく自分の手元に置く」という、地味で実利的な選択です。

40代・50代になると、時間も体力も無限ではありません。他人のせいにしてストレスを溜めている時間は、もう本当に、もったいない。

すべて自分が決定して、他人の責任にはしない。

私が40代でようやく辿り着いた、この一本の柱を、同じ場所で立ちすくんでいる方に、そっと置いていきます。今日から、何か一つだけ、自分で決めてみてください。

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