何を捨てるかを決めた日|40代・50代が「軸」を持つということ

物を片づけた部屋に椅子だけが残り、窓辺に立つ50代の男性

リーマン・ショックの頃です。

会社もうまくいかず、家庭もうまくいっていませんでした。もっと正直に書けば、誰のせいにもできず、誰にも頼れない状況でした。

根本的に自分を変える以外に、前に進むどころか、存続すら危うい。そこまで来てようやく、腰を上げました。

そのとき私が決めたのは、「何をやるか」ではありませんでした。

何を捨てるかです。

軸とか価値観という言葉を聞くと、何かを見つけ出す作業のように思えます。私もそう思っていました。でも実際に起きたのは逆でした。削っていったら、残ったものがあった。それが私の軸でした。

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誰のせいにもできず、誰にも頼れなかった

それまでの私は、うまくいかない理由を外側に置いていました。景気が悪い。上が分かっていない。相手が変わってくれない。

でもあの時期は、その置き場所が全部なくなりました。

会社の問題を家庭のせいにはできない。家庭の問題を会社のせいにもできない。そして、どちらについても助けてくれる人がいない。逃げ場がないというのは、こういうことかと思いました。

ただ、いま振り返ると、あの状態には一つだけ良いところがありました。

言い訳がすべて消えると、自分を変えるしかなくなります。順番として、追い込まれるのが先で、覚悟が後でした。立派な決意から始まったわけではありません。

私が捨てた、3つのもの

やることを増やす余裕はありませんでした。だから減らしました。捨てたのは、次の3つです。

1. 不得意で、しかもやりたくない仕事

ここは2つ揃っているものだけを切りました。

不得意だけれどやりたいことは残します。伸びる余地がありますし、続けられます。得意だけれどやりたくないことも、状況によっては引き受けます。人より早く終わるからです。

でも不得意で、しかもやりたくないものには、続ける理由が一つもありません。時間もかかるし、気も重い。それでも長年抱えていたのは、単に手放す発想がなかったからでした。

2. お互いに不幸になる方向にしか進まない関係

これは「嫌いな人」という意味ではありません。

悪い人でもないし、こちらが我慢しているわけでもない。ただ、その組み合わせで進む先に、お互いにとって良い場所がない。一緒にいると、なぜか両方が消耗していく。そういう関係があります。

これに気づいてから、少し楽になりました。相手を悪者にしなくても、離れていいと分かったからです。相性の問題だと考えれば、恨みも罪悪感も残りません。

3. 攻撃的な人

ここだけは、条件なしで距離を取りました。

攻撃的な人と一緒にいると、こちらの判断が少しずつ変わっていきます。怒らせないことが目的になり、正しいかどうかで決められなくなる。軸を持ちたいなら、まず軸を折りにくる人から離れることです。

なお、そういう振る舞いが何を意味しているかは、別の記事で詳しく書いています。

捨てる基準は、ひとつだけでした

3つ挙げましたが、判断の基準そのものは一つです。

自分の心が疲弊することは、しない。

「嫌なこと」ではなく「疲弊すること」にしたのには理由があります。

嫌なことは、世の中にいくらでもあります。そのほとんどは、終わればなくなります。歯医者も、苦手な人への電話も、終われば元に戻る。

でも疲弊は、終わっても残ります。翌朝まで持ち越し、翌週も少し残り、気づくと目盛りが下がったままになっている。減った分は、勝手には戻りません。

40代・50代になると、この差がはっきり出てきます。20代なら一晩眠れば戻ったものが、戻らなくなる。だから若い頃と同じ基準では、もう回らないのです。

ただし「めんどくさい」は、頭の辞書から消しました

ここが一番大事なところだと思っています。

「心が疲弊することはしない」とだけ言うと、都合よく使えてしまいます。気が乗らないものを全部「疲れるから」で切っていけば、ただの怠惰です。

そこで私は、「めんどくさい」という言葉を、頭の辞書から消しました。捨てる理由に使わないと決めたのです。

面倒と疲弊は、まったく別のものだからです。

めんどくさい疲弊する
どこの話か体と手間の話心の話
やったあとだいたい軽くなるさらに重くなる
時間が経つと終われば消える残って積もる
判断やるやらない

掃除も、書類も、久しぶりの連絡も、たいてい面倒です。でもやったあとに軽くなるものは、疲弊ではありません。むしろ手をつけずに放置しているあいだのほうが、ずっと重い。

この2つを混同すると、片方は怠惰になり、もう片方は我慢になります。面倒だからやる。疲弊するからやらない。この順番で決めるようにしました。

削っていったら、4つ残りました

そうやって減らしていった結果、手元に残ったものが4つありました。

いま私がこのブログで扱っているのは、その4つです。並べ方にも意味があります。

  • メンタル体つくり……生きていくうえでのベース。ここが崩れると、他は何も積めない
  • 出会い(人間関係)……人生を豊かにするもの。土台の上に乗る
  • 経済力……前の3つをスムーズにするための潤滑油

この順番が、そのまま私の軸です。

お金を一番下に置いていないのは、意地ではありません。心と体が壊れていたら、お金があっても使い道がないからです。逆に、心と体と人間関係が揃っていれば、お金が少なくても回ります。ただし、少なすぎると全部がぎくしゃくする。だから潤滑油です。

迷ったときは、この順番に照らします。ベースを削って上を取る選択は、しない。それだけで、かなりの数の判断が自動的に決まります。

軸は、探して見つかるものではありませんでした

正直に書きます。

「自分の価値観を書き出してみましょう」といったやり方を、私も試したことがあります。ですが、それでは何も出てきませんでした。紙の上でいくら考えても、きれいな言葉が並ぶだけで、翌日には忘れています。

私の場合に効いたのは、実際に手放したことでした。

やりたくない仕事を断ってみる。消耗する関係から離れてみる。攻撃的な人と距離を取ってみる。そうして減っていったあとに残ったものが、自分にとって手放せないものだった。順番が逆だったのです。

ただ、私は追い込まれてからでした。そこまで待つ必要はありません。小さく捨てるところからでも、同じことは起こります。

今日からできる、3つのこと

1. 今週、心がすり減ったことを1つ書き出す

大きなものでなくてかまいません。思い出すと少し気が重くなるものを、ひとつだけ。

2. それが「面倒」か「疲弊」かを分ける

判定は簡単です。やり終えたあと、軽くなるかどうか。軽くなるなら面倒、重いままなら疲弊です。

3. 疲弊のほうだけ、減らす方法を考える

すぐにやめられなくてかまいません。回数を減らす、時間を短くする、間に人を挟む。ゼロにしなくても、目盛りの減り方は変わります。

そして面倒なほうは、そのままやってください。そこを削ると、軸ではなく生活が崩れます。

まとめ|軸とは、捨てたものの記録である

この記事の要点をまとめます。

  • リーマン・ショックの頃、誰のせいにもできず誰にも頼れなくなって、ようやく動いた
  • 捨てたのは①不得意でやりたくない仕事 ②お互いに不幸になる関係 ③攻撃的な人
  • 基準はひとつ。自分の心が疲弊することはしない
  • ただし「めんどくさい」は捨てる理由に使わない。面倒はやったら軽くなる、疲弊は残って積もる
  • 残ったのは4つ。メンタルと体つくりがベース、人間関係が豊かさ、経済力が潤滑油

軸を持てと言われると、何かを新しく手に入れる話に聞こえます。でも私の場合、増えたものは何もありませんでした。

軸とは、何を選ぶかではなく、何を捨てたかの記録でした。

だから、まだ軸がないと感じるなら、それは足りないのではありません。まだ、何も捨てていないだけです。

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