スーパーの惣菜コーナーで、今日も同じパックを手に取っていませんか。
私も長いこと、そうでした。平日は外食、休みの日は惣菜。作るという選択肢が、そもそも頭になかったのです。
始まりは立派な動機ではありません。健康のためでも節約のためでもなく、ただ、外食に飽きた。それだけでした。そこから少しずつ台所に立つようになって、体調も、食費の使い方も、人が家に来る回数も変わりました。40代・50代にとって、料理はおそらくいちばん割のいい自己投資です。
身構える必要はありません。枝豆を茹でるところから始めていいのです。
外食に飽きた。それだけの理由だった
外食と惣菜だけの生活を続けていると、味がだんだん同じところに収束していきます。誰が食べても大きく外さない味、冷めてもそれなりに感じる濃さ。売る側からすれば当然の設計です。ただそれを何年も食べ続けるということは、自分の舌を、誰かの平均値に合わせ続けるということでした。
自分で作ってみて、いちばん新鮮だったのはそこです。薄くしたければ薄くできるし、好きな具材だけ倍にしてもいい。当たり前のことですが、長く手放していると、この当たり前が驚くほど気持ちいい。
やがて、前の晩の残りを弁当箱に詰めて会社へ持っていくようになりました。節約のつもりも、見せるつもりもありません。ところがこれが思いのほか評判が良く、特に女性社員からの反応が明らかに変わったのです。狙ってやったことでは、まったくありませんでした。
料理は、狙って始めるとしんどい。「飽きたから」で十分に続く。
料理を始めて分かった、4つのメリット
1. 好きなものを、好きな味で食べられる
いちばん地味で、いちばん効きます。外食では「近い店の中から選ぶ」しかできませんが、自分で作るなら「食べたいもの」から出発できる。毎日のことなので、この差はじわじわ効いてきます。
2. 栄養を自分でコントロールできる
40代・50代にとって、これが本命です。私の場合、鶏むね肉との付き合い方が変わりました。低カロリー高タンパクなのは知っていましたが、正直パサパサで苦手だったのです。ところが調理法をいくつか覚えてからは一変し、今ではもも肉より好きです。食材が悪かったのではなく、扱い方を知らなかっただけでした。
野菜の量も、油の種類も、塩の加減も、全部こちらの手の内にあります。体調管理は、ジムに行く前に台所から始められる。腸内環境がメンタルや肌、体臭まで変えてしまうことを考えれば、毎日口に入れるものを自分で選べる意味は小さくありません。
3. 来客を、料理でもてなせる
友人が来たときは、料理を出すことが多くなりました。まず料理そのものが話題になります。「これ何が入ってるの」から会話が始まり、店で向かい合って座るより空気がほぐれる。そして何より、みなさん繰り返し来てくれるようになりました。美味しいと思ってもらえているのだと思います。
4. パートナーの胃袋を掴める
使い古された言い回しですが、効果は本物です。相手の好きな味を覚えて、それを自分の手で出す。これは「大事にしています」という言葉を、毎回きちんと形にしているのと同じことです。言葉より、よほど伝わります。
2〜3人なら、外食より安くて満足度が高い
正直なところ、一人分だけを作るのは割高になりがちです。材料は余るし、調味料も使い切れない。ところが人数が2〜3人になった瞬間、この計算はひっくり返ります。
私が来客時によく作るのは鴨鍋です。少し贅沢な部類ですが、外で同じものを3人で食べることを考えれば費用は比べものになりません。しかも量は好きなだけ、酒は好きな銘柄、終電も気にしなくていい。安く済んだうえに、満足度は外食を上回るのです。
お金は金額そのものより満足度で測ったほうがいいと考えています。その物差しで見れば、家に人を呼んで作る食事は、かなり点数の高い出費です。
最初の一歩は、季節の食材を買うだけでいい
レシピを探す必要はありません。まず、季節の食材を買ってください。旬のものは安く、味が濃く、栄養価も高い。つまり、料理をする前の買い物の段階で、すでに勝負がついています。
- 枝付きの枝豆を買ってきて、茹でる。枝から外す手間はありますが、それだけで袋詰めのものとは別物です。
- とれたてのとうもろこしを買ってきて、茹でる。鮮度がそのまま甘さになります。調味料すら要りません。
- カツオのたたきを一本買って、ネギとミョウガを刻んでのせ、ポン酢をかける。火は使いません。刻むだけです。
- 冬は、鍋。好きな食材を切って入れるだけ。失敗のしようがありません。
「これは料理と呼べないのでは」と思うかもしれません。呼んでいいのです。自分で食材を選び、自分の手を動かして、自分の口に入れた。それ以上の定義は要りません。
慣れてきたら作る、私の定番
茹でるだけ、刻むだけを何度かやっていると、そのうち物足りなくなります。そうなったらこちらのものです。
鍋のバリエーションを増やす。ポン酢のオーソドックスなものから始めて、レモン鍋、トマト鍋へ。同じ「切って入れるだけ」なのに、まったく違う料理になります。来客の日は鴨鍋です。
ハンバーグを、肉から刻んで作る。挽き肉を買うのではなく、肉の塊を自分で刻むところから。それを赤ワインとバルサミコ酢で煮ます。ワインに合う一品が家にあるというのは、来客の日の安心感が違います。
季節の野菜を、オリーブオイルで焼く。結局これがいちばん出番が多いかもしれません。旬のものを買ってきて焼くだけ。付け合わせにも、酒の肴にもなります。
ひとつ現実的な話をすると、料理を続けるうえで最大の敵は味付けでも段取りでもなく洗い物です。ここで心が折れる人はかなり多い。私は食器洗い乾燥機に頼ることにしました。作る楽しさだけを残して、面倒は機械に渡す。長く続けるための、確実な投資です。
子どもが覚えていたのは、料理そのものではなかった
子どもがまだ小さかった頃、釣りに行ってアジやサバを持ち帰り、家でさばいて刺身にしていました。特別なことをしているつもりはありません。せっかく釣ったのだから食べよう、それだけのことです。
その子が成人した今、当時のことをよく覚えていると言います。しかも自分もすっかり料理好きになって、いろいろなものを作っている。
教えた覚えはありません。手順を説明したことも、手伝わせたこともほとんどない。ただ、台所に立っている姿を見ていただけです。それが何年も残り、その子の生活そのものを変えてしまった。
ここに、料理のいちばん大きな効き目があると思っています。友人が繰り返し家に来てくれるのも、おそらく同じ理由です。
買ってきた食事は、その日のうちに忘れられる。作った食事は、何年も覚えられている。
今日からできる、3つのこと
今週末、旬の食材をひとつだけ買う。枝付きの枝豆、とれたてのとうもろこし、カツオのたたき。レシピは調べなくていいので、まず売り場で旬のものを手に取ってください。
茹でるだけ、刻むだけの一品を作る。手の込んだものを目指した瞬間に続かなくなります。火を通す、切る、かける。この3つ以外はしない、くらいでちょうどいい。
誰かに食べてもらう。家族でも、友人でも、パートナーでもいい。人に出した瞬間に、料理は自分だけのものではなくなります。ここから先は、勝手に楽しくなっていきます。
まとめ
料理ができる男性はもてます。これは事実です。私自身、弁当を持っていっただけで社内の空気が変わるのを経験しました。
ただ、それを目的にすると続きません。もてるために台所に立つのは、しんどいのです。外食に飽きたから、でいい。動機が自分本位なほど、長続きします。
続けているうちに体調が整い、食費の使い方が変わり、人が家に集まるようになり、気づけば誰かの記憶に残っている。順番は、いつも後からついてきます。
まずは枝豆を茹でるところから。それで十分です。
外食が満たすのは、その日の空腹。手料理が満たすのは、体と、人との関係。



