私の周りには、ストレングスファインダーを受けている人がたくさんいます。
あるとき、その結果をお互いに見せ合う機会がありました。34の資質のうち、自分の上位に何が来ているか。順番に見比べていくうちに、ひとつ気づいたことがあります。
すぐ仲良くなった人とは、上位の資質がよく似ている。そこまでは、まあ納得できます。
驚いたのはその先でした。長く深く付き合っている人の結果をよく見ると、似ている資質「以外」が、きれいに真逆だったのです。
ただの偶然だと思っていました。ところが調べてみると、これには名前のついた研究がありました。
似ている人とは、すぐ距離が縮まる
まず、はっきりした傾向がありました。資質が似ている人とは、距離が縮まるのが明らかに早い。
話していて疲れないのです。前提の説明が要らない。「それ分かる」で済んでしまう場面が多く、数回会っただけで、何年も知っているような気になります。
これは私の思い込みではありませんでした。心理学には「類似性による魅力(similarity-attraction effect)」という古典的な知見があります。1961年のByrneの実験に始まり、その後240件を超える研究を集めたメタ分析でも、人は自分と似た相手に惹かれるという結果が一貫して出ています。
心理学の中でも、かなり頑丈な部類の法則です。類友の法則という言い方を別の記事でしましたが、あれは俗説ではなく、裏づけのある話でした。
共通していたのは「距離を縮める資質」だった
ここで、実際に何が共通していたかを書きます。お互いの上位10位に入っていたのは、次の5つでした。
- 収集心:とにかく知りたい、集めたい
- 社交性:知らない人と打ち解けるのが苦にならない
- コミュニケーション:思ったことを言葉にして伝えたい
- 個別化:一人ひとりの違いに目が向く
- ポジティブ:その場を明るくしたくなる
並べてみて、はっとしました。5つとも、人と情報に向かって外へ開いていく資質です。
つまり、こういうことです。似ていたから仲良くなったというより、「仲良くなるための資質」が似ていた。お互いに距離を詰めにいくタイプ同士だから、当然、早く近づく。当たり前といえば当たり前でした。
似ているから近づいたのではない。近づく力を、二人とも持っていた。
深く付き合っている人は、残りが真逆だった
問題はここからです。共通していた5つ以外を見ると、見事に反対でした。とくに、最上志向・回復志向・調和性の3つ。
分かりやすいのはパートナーです。彼女は回復志向と調和性が高い。回復志向は「うまくいっていないものを直したい」、調和性は「対立を避けて合意点を探したい」という資質です。
この2つが高い人は、どうなるか。病気の人や、社会的に弱い立場にある人に、自然に親身になれるのです。誰かが困っていると、考えるより先に体が動く。気を回して、角が立たないように場を収める。
私はこれができません。頭では大事だと分かっています。でも、同じ場面で私が先に考えるのは「どうすればもっと良くなるか」です。最上志向というのは、そういう資質です。すでに動いているものをさらに良くしたい。止まっているもの、傷んでいるものには、正直、目が向きにくい。
だから、素直に尊敬します。自分がどれだけ努力してもそうなれない場所に、その人は最初から立っている。
研究も、同じことを言っていた
経験則だと思っていました。ところが、ほぼ同じことを言っている研究があります。
DryerとHorowitzが1997年に発表した「When do opposites attract?(正反対はいつ惹かれ合うのか)」という論文です。実験の結果は、こうでした。
相補的な組み合わせ——引っぱるタイプと受けとめるタイプ——のほうが、似た者同士より満足度が高かった。
ここまでなら「なるほど」で終わります。しかし、この研究にはもうひとつ、決定的な発見がありました。
満足していた参加者は、相手を「自分に似ている」と感じていた。
実際には補い合う関係なのに、本人の実感としては「似ている」なのです。
私がストレングスファインダーの結果を並べて驚いたのは、まさにこれでした。似ていると思って近づいた相手が、紙の上では真逆だった。感覚と事実がずれていたのではなく、そのずれ自体が、深い関係の形だったのです。
公平のために書いておくと、相補性については研究の結果が割れています。類似性の効果ほど一貫した支持は得られていません。ですからこれは「証明された法則」ではなく、私の実感とよく噛み合う説のひとつとして読んでください。
似すぎると、それ以上は入っていけない
逆のケースもありました。似すぎていて、深くならなかった関係です。
最初はとても楽でした。何を考えているか分かる。話の先が読める。同じところで笑い、同じところで引っかかる。
ところが、しばらくすると行き止まりが来ます。相手の考えが読めるということは、新しく差し出されるものが何もないということでもある。
そしてもうひとつ、もっと厄介なことが起きました。自分の嫌な部分まで、相手の中にはっきり見えるのです。目をそらしてきた性格の癖が、目の前の人間の形をして立っている。
鏡の前に立ち続けるようなものです。居心地は悪くない。でも、それ以上踏み込みたいとは思えませんでした。
尊敬できる部分がないと、関係はある深さで止まります。そして自分とまったく同じ人間を、人は尊敬できません。
順番を、間違えない
ここまでをまとめると、深い関係には順番があります。
まず共通点で近づく。それから違いを尊重する。逆にはできません。
共通点が何もない相手には、そもそも近づけないからです。話す理由がない。相手を知る前に、違いはただの「合わない人」にしか見えません。
逆に、共通点だけで止まると、先ほどの行き止まりが来ます。共通点は入場券であって、居続ける理由にはならない。居続ける理由になるのは、自分にはないものを相手が持っているという事実のほうです。
一期一会の記事で、毎日会える相手をおざなりにして失敗した話を書きました。あれも根は同じです。近くにいる人ほど、違いを「合わないところ」として処理してしまう。本当はそこが、いちばん尊敬すべき場所かもしれないのに。
今日からできる、3つのこと
自分の強みを、言葉にしておく。ストレングスファインダーでも、他の診断でも構いません。自分の型が言語化されていないと、相手との違いも見えません。比べる物差しを、まず持つことです。
親しい人の「自分にはできないこと」を、ひとつ挙げてみる。職場でも家庭でも構いません。あの人が涼しい顔でやっていて、自分には逆立ちしてもできないこと。挙がったなら、それが関係が続いている理由です。
「合わない」を、いったん保留にする。違いは、近づく前は障害物ですが、近づいたあとは資産に変わります。判断を急がず、相手の型として眺めてみてください。
まとめ
ストレングスファインダーの紙を並べて分かったのは、単純なことでした。
すぐ仲良くなれた相手とは、外へ開いていく資質が似ていた。そして長く続いている相手とは、残りの資質が真逆だった。似ているところが入口をつくり、違うところが関係を支えていた。
自分にないものを持っている人に惹かれるのは、ないものねだりではありません。それは尊敬という、いちばん減りにくい感情です。共通点は時間とともに擦り減りますが、尊敬は擦り減らない。むしろ付き合いが長くなるほど、その凄さが分かってきます。
だからまず、共通するものを分かち合う。そのうえで、自分とは違うところを尊重する。この順番を守ることが、深い人間関係をつくっていくのだと思います。
似ているから、近づける。違うから、離れられなくなる。



