初めて会う人、あるいは久しぶりに会う人との待ち合わせ場所へ向かう。あの道すがらのことを、よく覚えています。
うまくやれるだろうか、という不安で顔がこわばる。第一声が少し震える。気づけば背中が丸まっている。
そういう状態で行った日は、必ず2回目がありませんでした。一度も例外がない。
逆に、そこを意識して整えて行くようになってから、相手の反応が変わりました。その後の関係の作りやすさが、まるで違ったのです。
会話が始まる前に、何かが決まっている。今日はその話です。ただしその前に、この記事に書いていたことを訂正しなければなりません。
「見た目が9割」は、誤用でした
以前このページには、こう書いていました。
「メラビアンの法則によれば、言語情報7%・聴覚情報38%・視覚情報55%。話の内容は7%にしか届かない」。おそらく、どこかで見たことがある数字だと思います。
これは典型的な誤用でした。訂正します。
元になっているのは、心理学者アルバート・メラビアンが1960年代に行った実験です。ただしその中身は、「言葉の意味と、声の調子や表情が食い違っているとき、人はどちらから相手の感情を読み取るか」を調べたものでした。好意的な言葉を冷たい口調で言われたら、どちらを信じるか——そういう限定された場面の実験です。
コミュニケーション全体の内訳を示したものではありません。メラビアン本人が、自身のFAQで「一般法則として使うのは誤りだ」と明言しています。
7対38対55は、矛盾した場面の実験結果である。会話全体の配分ではない。
ついでにもうひとつ。この記事には「パワーポーズを2分とるとテストステロンが20%上昇する」とも書いていました。あの研究は追試で再現されず、元論文の筆頭著者本人が撤回しています。詳しくは姿勢の記事に書き直しました。
数字を捨てても、結論は変わらなかった
ここで正直に書きます。比率を捨てても、この記事の主張はほとんど変わりませんでした。
7%だ93%だという数字が使えないだけで、「会話が始まる前に、相手の中で何かが決まっている」という事実そのものは、私の経験がはっきり示しているからです。
冒頭の話に戻ります。こわばった顔、震える声、丸まった背中。この3つが揃って現れた日は、その後が続きませんでした。相手が何を感じたのかを聞いたわけではありません。でも結果が全部同じなら、それはもう偶然ではない。
そして重要なのは、この3つがどれも「話す内容」ではないということです。私は毎回、それなりに話す準備をして行っていました。役に立たなかった。準備していたものが届く前に、届かない理由のほうが先に伝わっていたのです。
比率は分かりません。でも順番は分かります。非言語が先で、言葉は後です。
視覚|整えるのが、いちばん割に合う
3つの感覚のうち、いちばん先に届くのが視覚です。そして、いちばん努力が報われやすいのもここです。
心理学に「ハロー効果」という言葉があります。ある一点の印象が、関係のない他の評価まで引き上げてしまう現象です。清潔感が整っているだけで、能力や誠実さの評価まで底上げされる。逆も同じで、そこが崩れていると、他がどれだけ良くても霞みます。
点検すべきは4つです。
- 髪型:定期的に整える。伸びたまま放置している状態がいちばん老けて見えます
- 爪:短く切り、甘皮を整える。手は会話中に必ず視界に入ります
- 眉毛:整えるだけで顔の印象が変わります
- 肌:保湿と日焼け止め。派手なことは要りません
そして姿勢です。ホルモンは動きませんが、見ている相手の受け取り方は確実に変わります。猫背は「自信のなさ」として読まれる。私が2回目に繋がらなかった日に、必ず入っていた要素でもあります。詳しくは清潔感の作り方にまとめました。
嗅覚|まず無臭、それから香り
においは、本人だけが気づけません。そして相手は、気づいても言ってくれません。だから静かに、確実に効きます。
順番を間違えないことが大事です。まず引き算、それから足し算。体臭と口臭を落とすのが先で、香りを足すのはその後です。汚れたところに香りを重ねると、混ざって余計に強く残ります。
- 体臭:加齢臭とミドル脂臭は原因も出る場所も違います。どちらも最大の発生源は頭です
- 口臭:歯磨きだけでは足りません。舌磨きとフロスまで。近距離での印象を最も壊すのがここです
- 香り:つけすぎは逆効果です。香水は手首と首筋に各1プッシュ、外出の30分前。「なんかいい匂いがする」で止めるのが理想です
ひとつ面白い研究があります。1995年にスイス・ベルン大学のヴェーデキントらが行った、いわゆる「汗Tシャツ実験」です。男性が2日間着たTシャツのにおいを女性に嗅いでもらったところ、自分と免疫に関わる遺伝子(HLA)のタイプが異なる男性のにおいを好ましいと評価する傾向が見られました。
ただし、この結果は後の研究で必ずしも一貫して再現されていません。「においで遺伝子の相性が分かる」と断定するのは行きすぎです。ここでは、においが思っている以上に多くの情報を運んでいるらしい、という程度に受け取ってください。
聴覚|大きすぎず、小さすぎず
声については、世間でよく言われることと、私が実際に気をつけていることが少し違います。
よく「低い声は信頼される」と言われます。でも私が基準にしているのは、そこではありません。相手が聞き取りやすいかどうか、それだけです。
声が小さいのは論外です。相手は聞き取るために身を乗り出し、神経を使うことになる。会話そのものが労働になってしまいます。自分では控えめにしているつもりでも、相手には負担でしかありません。
かといって、大きすぎるのも避けています。粗暴だと受け取られかねないからです。声の大きい人は場を支配しているように見えますが、同時に「この人といると疲れそうだ」とも思われます。
だから私は、落ち着いた、相手に届く声で話すようにしています。抑揚は、必要な場面ではつけます。ただし基本は平坦でいい。盛り上げるための声ではなく、相手が楽に受け取れる声です。
声の基準は「自分がどう聞こえるか」ではなく、「相手が楽に聞き取れるか」にある。
自分の声を、一度は聴いておく
ひとつだけ、あまり気の進まない方法があります。自分の声を録音して聴くことです。
正直に書きますが、私は自分の声が嫌いです。録音を聴いたときは、できれば二度と聴きたくないと思いました。骨伝導で聞いている自分の声と、他人が聞いている声は別物なのです。
ただ、それを知っておく価値はあります。相手が聞いているのは、そちらの声だからです。体臭と同じで、自分だけが正確に把握できていない領域が、ここにもあります。一度でいいので、確かめておいて損はありません。
今日からできる、3つのこと
待ち合わせ場所に着く前に、背筋を伸ばして息を吐く。これがいちばん効きます。不安なまま到着すると、顔・声・姿勢の3つが同時に崩れます。私が2回目に繋がらなかった日は、いつもこれでした。整えるのは会ってからでは遅い。
髪・爪・眉を、今夜点検する。3つとも自分では見ないのに、相手からはよく見える場所です。時間もお金もほとんどかかりません。
スマホで自分の声を30秒録音して聴く。気は進みませんが、一度だけで構いません。小さすぎないか、早口になっていないか。それだけ分かれば十分です。
まとめ
「人は見た目が9割」という言葉のもとになった7対38対55は、誤用でした。あれは矛盾した場面に限った実験結果で、会話全体の配分ではありません。この記事もそれに乗っていたので、訂正しました。
ただ、数字を失っても困りませんでした。こわばった顔と、震える声と、丸まった背中で行った日に2回目がなかったという事実のほうが、私にとってはよほど確かな根拠だからです。
やることは派手ではありません。髪と爪と眉を整える。においを引いてから足す。相手が楽に聞き取れる声で話す。どれも、会う前に終わらせておける準備です。
言葉が届くのは、会話が始まってから。だが評価は、会話が始まる前に終わっている。



