過去の自分と比べる。他人と比べることをやめて取り戻したもの

薄暗い洗面所でうつむく過去の自分と、整った部屋で背筋を伸ばして鏡に向かう現在の自分を並べた対比

友人の家に招かれて、いい車、いい家、いい時計を目にする。羨ましいと思う。

そして帰り道、自分にこう言い聞かせるわけです。「まあ、自分にはああいうものは必要ないしな」

これが、他人と比べることの本当の害でした。羨ましいと感じること自体は、たいした問題ではありません。問題は、そのあとで自分に嘘をつくことです。

必要ないのではない。手が届かないだけです。でも、そう認めるのは苦しいので、言い訳を用意する。これを何年も繰り返すと、人はどうなるか。卑屈になります。私はそうやって、静かに負け犬になっていました。

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他人と比べると、自分に嘘をつくようになる

比較の害というと、たいてい「嫉妬」や「自己肯定感の低下」の話になります。でも私が実際に困ったのは、もっと厄介なものでした。

自分の本音が分からなくなるのです。

「興味がない」「必要ない」「自分には合わない」。口ではそう言う。でも心の底では欲しいと思っている。この状態が続くと、自分が本当は何を望んでいるのかが、自分でも判別できなくなります。

目標が立てられないのは、当然でした。望みを直視できない人間に、進む方向など決められません。

他人と比べて失うのは、自信ではない。自分への正直さだ。

それでも、比べることはやめられない

では「他人と比べるのをやめよう」で解決するかというと、これが無理なのです。

1954年に心理学者のフェスティンガーが示した社会的比較理論という考え方があります。ごく簡単に言えば、人は自分を評価するための客観的な基準を持っていないので、他者と比べることで自分の位置を測ろうとするというものです。

その後の研究では、自分より上の相手と比べる「上方比較」と、下の相手と比べる「下方比較」が整理されました。上方比較は刺激にもなりますが、劣等感の源にもなる。厄介なのは、どちらに転ぶかを自分では選べないことです。

つまり「比べるな」は、無理な注文なのです。人間の仕様なので。できるのは、比べる相手を変えることだけでした。

過去の自分だけが、フェアな相手だった

比較相手を探すなら、条件はひとつです。フェアであること。

他人は、生まれた家も、才能も、これまでの運も全部違います。同じ土俵に立っていないものを並べて優劣を出しても、出てくるのは数字ではなく感情だけです。

その点、1年前の自分は、才能も環境も運も、今の自分とまったく同じ人間です。世の中でただ一人、条件をそろえて比べられる相手がここにいます。

そしてもうひとつ利点があります。過去の自分は、こちらの都合で動きません。他人を基準にすると、相手が昇進するたび、家を買うたびに目標がずれていきます。過去の自分は昇進も引っ越しもしないので、目標が揺れない。人生の羅針盤という話を別に書きましたが、その針を安定させてくれるのが、この基準です。

転換点は、たぶんなかった

正直に書きます。いつ切り替わったのか、私は覚えていません。

「ある日こんな出来事があって、目が覚めた」という劇的な話をお持ちできればいいのですが、そういうものはありませんでした。気づいたら、比べる相手が変わっていた。

ひとつ心当たりがあるとすれば、自分の人生に正面から向き合った時期だと思います。40代でした。このままでいいのかと考え、逃げずに自分の現状を数えた。そのとき初めて、他人の数字を眺めていても自分の数字は1ミリも動かないという当たり前のことが、腹に落ちたのだと思います。

だから、この記事に「これをやれば切り替わります」という魔法は書けません。ただ、自分に正直になった瞬間に、比較の相手は勝手に変わります。順番が逆なのです。比べるのをやめるから正直になるのではなく、正直になるから比べる必要がなくなる。

取り戻したもの、3つ

40代でそこに気づいてから、実際に変わったことを書きます。

1. 収入が1.5倍になった

他人と比べていた頃は、他人が持っているものを追いかけていました。当然うまくいきません。他人の強みは、私の強みではないからです。

基準を自分に移してから、自分の強みを正面から見るようになりました。そこを伸ばす方向に舵を切った結果、収入は1.5倍になりました。手に入れ方が変わったのではなく、伸ばす場所を間違えなくなっただけです。

2. 人を羨ましく思わなくなった

これは意外な副産物でした。羨ましさが消えると、卑屈さも一緒に消えます。

考えてみれば当然で、卑屈さというのは「羨ましいのに、羨ましくないふりをする」ときに生まれる歪みだったのです。前提が消えれば、歪みも消える。人の成功を、素直に凄いと言えるようになりました。これは人間関係の質そのものを変えます。

3. 自分で自分の機嫌が取れるようになった

そして、いちばん大きかったのがこれです。

他人を基準にしていると、機嫌の決定権が他人の側にあります。誰かが昇進すれば落ち込み、誰かが失敗すればほっとする。自分の感情を、他人の動きに預けている状態です。

基準が自分の内側に移ると、決定権が戻ってきます。自分の機嫌は自分で取るという話を別に書きましたが、その土台にあったのは、比較相手を変えたことでした。

他人を基準にするとは、自分の機嫌の決定権を、他人に渡すということである。

今日からできる、3つのこと

「自分には必要ない」と言った瞬間を、捕まえる。これがいちばん効きます。友人の持ち物、同期の肩書き、誰かの暮らしぶり。それを見た直後に自分がこの台詞を吐いたら、いったん立ち止まって「本当か?」と聞いてください。本当に不要なこともあります。でも半分は、手が届かないことの言い換えです。そこを認めるところからしか始まりません。

1年前の自分を、数字で書き出す。体重、睡眠時間、収入、読んだ本の数、家族と話した時間。何でも構いません。感情ではなく数字にするのがコツです。数字は、言い訳を受け付けません。

見るたびに苦しくなるアカウントを、ミュートする。フォローを外す必要はありません。ミュートで十分です。人間は比べる生き物なので、比較の材料を目の前に置かないほうが早い。意志で我慢するより、環境を変えるほうが確実です。

まとめ

他人と比べるのをやめられたのは、精神論を身につけたからではありません。比べる相手を、動かない相手に変えただけです。

そうしたら、収入が1.5倍になり、人の成功を素直に喜べるようになり、自分の機嫌を自分で取れるようになりました。どれも狙って手に入れたものではなく、自分に嘘をつくのをやめたら、後からついてきたものです。

取り戻したものを一言でいえば、自分への正直さでした。あの頃いちばん失っていたのは、自信でも収入でもなく、それだったのだと思います。

他人と比べると、言い訳がうまくなる。過去の自分と比べると、事実が積み上がる。

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